無言劇

「へえ、お笑いサークルなんだ。なんか面白いことやってよ。」

 

僕は面白くないから、ごめんなさい。その期待には応えられません。

 

「なにそれ、ウチのサークルの先輩の方がオモロイよ。この前飲み会で、ダンソンって踊ってたのマジ笑った。」

 

おっしゃる通り。僕には流行りの芸人のネタをまるまる真似するだけなんて面白すぎて出来ないな。

 

渋谷、道玄坂をそそくさと駆け上る。面白いってなんだろうって考えながら。

 

カランコロンカラン。

 

渋谷の喫茶店ルノアールでアイスコーヒーを注文して僕はある人を待っていた。

 

「お待たせ。じゃあ早速読ませてもらうね。」

「おっ、君はなかなか面白い文章書くね。うちの週刊誌のコーナーで一回エッセイ書いてみてよ」

 

茶店で僕が待っていたのは司馬遼太郎の編集を長年担当していた雑誌編集者。

大学の友人Yの知り合いに当たる。

 

「いやぁ、君がお笑いやってるってY君から聞いてね。ちょうどクスッと笑えるエッセイを雑誌のコーナーで募集してたから頼んでみたんだけど

流石だね。」

 

お笑いやってるって言うと全く知らない人から嫌味を言われることもあれば、全く知らない人の耳に入って良いことにつながる事もある。

 

あれは、良いことだったのかなあ。

 

、、、、

大学2年の秋の話。

「いやぁ、スベったな。ネタの練習足りんかったなぁ。」

 

僕は相方二人とトリオを組んで、早稲田大学で開催された学生のお笑い対決ライブに出演していた。

どんなネタをやったかは忘れたが練習不足が原因で演技が棒になり、対決に敗れたことは覚えている。

 

さぁ、こんな日は打ち上げも行かず帰ろう。

コント衣装を脱いでカーディガンを羽織った瞬間、僕のところに一人の女性が肩で息をしながらやってきた。相当走ったのだろう。 

でも、知らない人だ。

 

「あのっ、ネタ見てました。面白くはなかったですけど演技はすごく良かったです。」

 

ナチュラルに失礼な女性だな。

あと、電波少年の企画で激安商品買いに遠くのスーパーまで自転車を漕いでたオバサン、椿鮒子(つばきふなこ)に似すぎだろ。

 

「申し遅れました、私早稲田大学で演劇の舞台監督してます、Mと申します。あなたのぎこちない演技は小津安二郎映画の世界観を想起させます。私の舞台にぴったりなんです。どうかウチの劇団に入って下さい。」

 

オートマチックに失礼な女性だな。

あと、この人に自転車を装備して通信交換したら椿鮒子に進化するだろ。

 

とは言え、その日スベったまま帰るのは気分も晴れないので、僕は二つ返事で了承した。とりあえずその日はMさんと翌週表参道で会って詳しい話を聞く約束だけした。

 

翌週、表参道の喫茶店でアイスコーヒーを注文して僕はMさんを待っていた。 

ちなみになぜ表参道集合かと言うと

その日、表参道の美容室でカットの予約をしていたからだ。ちなみに読モが行くようなサロンだ。

 

「お待たせしました、あ。今度やる劇の台本がこれです」

 

表参道のカフェ。一番カッコよくキマってる読モヘア状態を最初に見せるのが椿鮒子なのは気分が悪かった。

 

「演じていただくのは魚の演技です。セリフはほとんどありません」

 

小津安二郎に謝れ。

 

 

それから僕は、魚の演技のために在籍する慶應大学を2ヶ月ほど放置し、早稲田大学へと通った。

 

来る日も来る日も、定期券圏外の東西線早稲田駅で降りて、学生会館に通い詰めた。

 

「はい、上半身は動かさずに!片脚あげてスッーっと動く。そしたら反対と脚上げてスッーと。そう!」

 

僕はMさんの求める魚の動きを忠実に演じる。

この動きは得意だ。

なぜなら小学四年生の時原因不明のちんちんの病気で学校を休んだとき、ずっとこの歩き方をしていたからだ。

上品な言い方をすれば、1リットルの涙での沢尻エリカの歩き方だ。

 

Mさんが言う

「いやあ、誘拐犯のコントを見た時から適任だなって思ったんですよ。」

 

あの。すいません。僕そんなコントした覚えがないんですけど。

 

「え、うそ。やだ。間違えてた!キャスティングミスかしら。誘拐犯のコントした人に声かけたつもりだったんですけど」

 

確かに誘拐犯のコントした人は僕のサークルの先輩で、顔がよく似てると言われる人だ。

けれどその先輩は演技が非常に上手なので、呼んだ理由には合致しない。

 

「まあいいや。」

とどこまでも失礼なMさんの劇は

観客から「シュールすぎて意味わからない」とブーイングの嵐を受け幕を閉じた。

 

とはいえ、お笑いをやってて他大学の演劇部で色々経験できたのは良かったな。

 

なんて考えながら最後の早稲田大学を名残り惜しむように戸山公園を歩いていた。早稲田大生が男女で仲良く流行りのリズムゲームで盛り上がっている。楽しそうだなあ。

 

そういえばその早稲田大学の演劇部に、僕の他にもう一人お笑いやりながら演劇をやってる人がいた。

 その人は僕と違ってお笑いではバンバンウケてたし、演劇の世界でも大活躍だった。

 

その人が今のにゃんこスターアンゴラ村長であるのは本当の話。